美のプロファイラー・松本千登世のときめきの作法

ESSAY vol.2

エッセイ

【美のプロファイラー・松本千登世の「ときめきの作法」】VOL.2 傍にある「器」。

  • facebook
  • Twitter
  • LINE
  • はてなブックマーク

2019.5.29

その人が選ぶものは、その人そのもの。何を大事に思って、どんな暮らしをしているのかが見えてしまいます。今回は、器をめぐってのお話です。

箸置きを使っている人は、太りづらい!?

ある大学教授にお目にかかったとき、こんな話を聞きました。「箸置きを使っている人は、太りづらいんですよ」。箸置きを使えば自ずと噛む回数や時間が増える。よく噛んで食べると食事中に栄養の消化吸収が始まり、満腹中枢が刺激される。そのため少量で満腹感を得られ、腹七分目に抑えられる。だから、箸置き=太らない。驚きました。箸置きにそんな「効果」があったなんて! 同時に、すごく嬉しくなったのです。なぜなら、私には日々、愛用している箸置きがあり、それが単なる「飾り」じゃないと褒められた気がしたから。

真鍮の箸置き。インフィニティ、無限大のマークにも見えて。カトラリーも同じものを揃えています。

器にときめくのと、そうでないのと。

ひとり暮らしを始めたころ、「ひとりでも出来合いでも、器に盛りなさい」と母。なぜ? とは聞かなかったけれど、年齢とともにその意味や価値がわかるようになってきました。器との関係は洋服とのそれに似ていて、時間がないから、誰にも見せないからとどうでもいいものにすると、途端に生活が荒む。心がざらつき、表情が曇る。まわりの目はごまかせても、自分の目だけはごまかせない……。どんなに忙しくても器にときめきなさい、それは人生にときめくことだから。母はそう言いたかった? 今度、真意を聞いてみます。

大事な友達のお父様が作ってくださった茶碗二客。耳がついているのがわかりますか。持ちやすさも、あたたかさを感じるひとつ。

料理が上手く見える器が、いい。

旅に行ったり、ギャラリーを巡ったりするたびに器をひとつずつ集めています。沖縄取材で出会ったガラス作家、おおやぶみよさんの酒器も、親友のお父様が作ってくださった茶碗も不思議と手に吸い付く。温かくて柔らかくて、自ずと触れ方が優しくなります。そして、長く愛せる器は、100の着こなしが思い浮かぶ洋服同様100のレシピが思い浮かぶもの。とはいえ、凝った料理じゃなくていい。果物やヨーグルト、豆腐や大根おろしを入れるだけで、決まる。料理が上手そう、生活が楽しそう、そう見せる器は、人生の最高の相棒です。

おおやぶみよさんのガラスの器。酒器ではあるのだけれど、私はただ水を入れて置いておいたり、花を一輪活けたり。
流れるような曲線に目がひきよせられます。

器が「私」を語り出すとしたら……?

憧れの女性に、器をプレゼントされたことがあります。まるでその人のように、繊細さと大胆さを兼ね備え、シンプルなのに圧倒的な存在感がある丸皿。まさに乗せたいものが100思い浮かびました。そのときに思ったもの。器ってその人自身なんだなあ。生きるに欠かせない「食」を支えるものだからこそ、魂が宿るんだなあ、と。そしてもしこの一枚に、私を重ね合わせてくれたのだとしたら、このうえなく嬉しい。こういう人になりたい……。より丁寧に器とつき合いたいと思います。「らしい」と言われる関係を目指して。

果物を盛り付けただけなのに、のせたものを際立たせる力をもつ。懐の深さを感じます。

松本 千登世

まつもと ちとせ

美容エディター。航空会社の客室乗務員、広告代理店、出版社をへてフリーに。多くの女性誌に連載をもつ。独自の審美眼を通して語られるエッセイに定評があり、絶大な人気がある。近著に『「ファンデーション」より「口紅」を先につけると誰でも美人になれる 「いい加減」美容のすすめ』(講談社刊)。著書に『結局、丁寧な暮らしが美人をつくる。』『もう一度 大人磨き』など多数。

文・松本千登世 撮影・前田和尚、青木和義 構成・越川典子