ハリウッドで特殊メイクの世界に飛び込み、帰国後「メイクアップディメンションズ」を立ち上げて35年。江川悦子さんは、特殊メイクのパイオニアとしてキャリアを築き上げてきました。壁にずらりと並ぶライフマスクでもわかるように、国内外の映画、ドラマ、CMで、数々の俳優を老けさせ、リアルな動物を動かし、この世にいない妖怪、宇宙人まで作り上げた、その工房を訪問してきました。
※今回から2回にわたって、江川悦子さんのお話を伺います。愛用のアクリリックのリュックバッグのプレゼントがあります!
- ――壁には、俳優さんたちのライフマスクの数々、制作中の巨大な動物や、人の顔などがあちこちに……。わくわくしますね。
- ふふ、そう? 楽しい? 実際、楽しいのよ。
- ――人の顔をここまでリアルに作り上げる特殊メイク、定義ってあるのですか。
- 特殊メイクと造形と、両方含めて特殊メイクと言っています。多いのは、俳優さんに施す老けメイク。時代劇。傷メイク。坊主メイク。どれも色を載せるだけでは完成しない造形です。人間だけじゃなく、動物のダミーも作りますし、妖怪や宇宙人も作ります。
- ――では、一般的なメイクアップとの違いは?
- メイクアップは、平面美粧。特殊メイクは、立体美粧。その違いですね。たとえば、傷を作るとしたら、色だけでする場合はメイクアップのジャンル。でも、人工皮膚などを使って立体的に傷を作り上げるのは特殊メイク。
- ――毎年江川さんが参加しているNHKの大河ドラマ。時代劇のかつら姿も造形ですか。
- はい。2021年の『青天を衝け』では、徳川慶喜を演じる草彅剛さん。何より、中剃り部分が特殊メイクであることがわかってはいけません。今は4Kとか8Kの時代。一本のシワ、小さなシミ一つ、見えてしまいます。かつらの継ぎ目もわからないようにしなければ、高画質で見るには耐えられない。ライフマスクをとり、頭の形にピッタリしたかつらを作る。北野武さんには「軽いし、痛くないし、いちいち直さなくてもいいからラク」と言ってもらったことを思い出します。
- ――特殊メイクの面白さを教えてください。
- 特殊メイクって、「ストーリー」ありきなんです。役者さんたちは、演じる役の心を作っていくわけです。私たちは、気持ちが自然に役に入れるようにする。たとえば、黒柳徹子さん(女優・司会者)が舞台『マスター・クラス』で主人公のマリア・カラス(オペラ歌手)を演じたときは、特徴のあるつけ鼻をつけました。黒柳さんに「(このメイクがあるから)役に入りやすい」と言われて、うれしかったですね。設定が非日常であるほど、役に入るとっかかりが必要。監督や役者さんたちと打ち合わせを重ねて、一緒に作品を作り上げていくのが難しくも、魅力的なところです。
- ――ビジュアルが変わると、違う人格に入りやすいんですね。
- 特殊メイクって、基本、老けメイクが多いんです。でも、みんな、老けたくない。葛藤があるんです。だからこそ「老けるのも悪くない」と思ってくれるよう、気持ちよく役作りができるよう、メイクを完成させます。もし役者さんが「この顔、この役と違う」「いやな感じだ」と感じたとしたら、逆に演じる妨げになってしまいます。
- ――さじ加減が難しい?
- 面白いのは、男性のディレクターは、「老けさせたとしても(女優は)きれいでいてほしい」と思っている、ってこと(笑)。老けすぎちゃうと「違うんじゃない?」となる。そのさじ加減こそ、私たち、プロの仕事です。
- ――男女で、老けさせ方に違いはありますか。
- 男性は、90歳というと、リアルな90歳にしてもOK。女性の場合、90歳という設定だと、リアルな70歳くらいで止めますね。老けているのだけれど、どこかきれい。そうすると、見る人も安心だし、女優さん自身も安心。女優の草笛光子さんが、今88歳くらいでしょう? 80代に見えないですよね? そこなの。そこが大事で、私もそうありたい。他の人もそうあってほしいと皆、思っているんじゃないでしょうか。
- ――顔のどこの部分を老けさせるのが効果的ですか?
- 首のシワでしょうか。顔にシワをつけても、首が若々しいと、老けて見えません。顔にシワがなくても、首がシワだらけだと、あ、この人老けているな、と感じるものです。
- ――90歳の老けメイクだと、どのくらい時間がかかるのですか。
- 私は、短いです。特殊メイクで2時間以上かけたことがないんです。それを聞いたある女優さんは「私のふだんのメイク時間と同じでできちゃうの?」と驚いていました。メイクだけで2時間ではありません。仕上げて、衣装をつけて、確認して、はい、出番です、というまで2時間です。役者さんが高齢の場合は、もっと短くします。「上手く、早く」がいつも目標(笑)。短くしないと、私の集中力が欠けてくる。集中力が欠けると出来栄えにも影響する。役者さんにも負担をかける。演技に影響が出てしまっては逆効果。気持ちよく演技に送り出す、のが私たちの仕事でもあるので。たまには例外もありますが。
- ――限られた時間で、いかにリアルに仕上げるかが腕なのですね。
- 人って、顔を動かしたり、しゃべったりすると、陰影ができたり、シワができたりする。でも、表情を戻すと、顔も戻らなければおかしいですよね? そこを計算しないといけない。そこが、きれいに仕上げてスチール写真だけ撮影するメイクと、動画とはまったく違うんです。大河ドラマの徳川慶喜(草彅剛さん)が亡くなるシーンで、首を回して顔の向きを変える動きがあったんです。首を回したら肌は伸びる必要があるし、顔を戻せば、伸びた肌が戻るように作るんです。
- ――自然すぎて、見ているほうは気づかない! すごいです。
- そこが難しく、でもやりがいがある。でも、ときどき思いっきり老けさせたいと思うことも。バラエティ番組は、その点、思いっきりできる(笑)。たとえばTBSの『モニタリング』などは、作り物とすぐにわかっちゃうとダメ。米米CLUBの石井竜也さんのおじいちゃん、歌手の小林幸子さんのおばあちゃんなど、本人とわからず、大成功! 名物の「原西ゴリラ」(FUJIWARA・原西孝幸さん)。ハリセンボンの近藤春菜さんのパンダも、うちが手がけたものです。
- ――特殊メイクでは、若返らせるほうが簡単なのですか。
- いえいえ、若返りのほうが難しいです。若くする、イコール「減らす」作業なんです。皮膚をひっぱり、シワやたるみを消していく。なかなか消えるものではありません。若い役者さんや子役を使ったほうがリアルですよね。
- ――顔を作り続けてきて、「老ける」ことをどう感じますか。
- 私自身は、加齢にあまり抵抗する気持ちはないんです。それよりも、他にしたいこと、考えることが多いから。外見の美しさも、人の数だけあるんじゃないかしら。じーっと顔を見ていると、その人の人柄とか人格とか、端的に現れていますよね。その魅力が、美しさとして感じられるのではないでしょうか。特殊メイクも、「人格を作る」ことなんですよね。
- ――ふだん、肌のお手入れはどんなことをしていますか。
- 求めるのは、使い心地と効果ですね。朝起きて、顔を洗う時に肌がつるっとしていたら、よい1日のスタートがきれる。今日もがんばろうかな、と思える。今、気に入っているのは、デルメッド ナイトリッチです。つるんとした使い心地で、翌朝のつるつる感が確実に違います。年齢を重ねると、この快適さが大事です。カラダが動き、毎日楽しければ、多少シワがあったって幸せ。シワの1本も許せないという人は不幸なのかもしれませんね。
- ●次回の配信は、2022年1月6日。江川悦子さんが今後したい仕事についてお聞きしました。
関連記事
江川悦子さん(えがわ・えつこ)
特殊メイクアップアーティスト、メイクアップディメンションズ代表取締役
出版社勤務後、結婚を機に渡米。ハリウッドで特殊メイクを学び、映画スタジオで『デューン/砂の惑星』『ゴーストバスターズ』などに参加。特殊メイクの第一人者、リック・ベイカー氏に師事。1986年帰国後、制作会社メイクアップディメンションズ設立。『帝都物語』『血と骨』『ゲゲゲの鬼太郎』『おくりびと』『清須会議』『アウトレイジ』『旭山動物園物語』などの映画を始め、手がけた映像は、1500タイトルを超える。専門学校東京ビジュアルアーツ特殊メイク学科非常勤講師。大阪樟蔭女子大学客員教授。
HP https://mud.jp/
Instagram @makeupdimensions
撮影・黒川ひろみ ヘア&メイク・レイナ 構成と文・越川典子
江川悦子さん愛用のアクリリックのリュックバッグL(レンズホワイト)20,350円を、3名様にプレゼント。
リュックがトレードマークになっている江川さん。愛用のリュックバッグLをプレゼントします。デザイナーは、アクリリックの坂雅子(ばん・まさこ)さん。坂さんは、産業資材の魅力に惹かれ、シンプルで丈夫で、しかも軽いバッグやアクセサリーを作り続けています。素材から製造まで、すべて日本製。リュックバッグL(レンズホワイト)幅35×高さ40×奥行10(㎝)。
アクリリック