東京・軽井沢・福井と、3つの拠点をもち、それぞれに「生活」の基盤をもつイラストレーターの松尾たいこさん。前回、「変化することが人生の楽しみ」と話してくれた松尾さんは、<マルチハビテーション=多拠点生活>を機に、人生も作品も、ますます進化し続けていると言います。今の暮らし、そしてこれからを聞きました。
※最後に、松尾たいこさんの陶芸作品「にゃん香」のプレゼントがあります!
- ――3拠点生活に入るきっかけは東日本大震災だったという話ですが。
- 東京で暮らすことが怖くなってしまい、しばらくして軽井沢にアトリエをもつことにしました。身一つで訪れても、仕事や生活ができる――そういう場所が私には必要だったんです。当時は犬が2匹いたので、一緒に避難できる場所がほしかったこともあります。
- ――災害時のペットの扱い、たしかに大変です。
- 安心なんですよね、別の拠点があることは。避難所などでは犬と一緒にいることは難しいですし。犬は、家族なので……。前の犬を亡くしたときは、その後の数ヵ月は記憶がないくらい落ち込んでいました。保護犬のうずめちゃんを迎えて、今もどこに行くにも一緒です。うずめとは、アメノウズメノミコト。天照大神が天岩戸に隠れたときに、その前で歌い踊った女神ですね。私を岩戸から出してくれた、恩犬です。
- ――拠点を増やすことで、仕事面ではマイナスにならなかったのでしょうか。
- その逆で、プラスのことしかなかったです。当時感じたのは、悲しいことがあっても、誰にも平等に朝がきて、青空が広がるということ。ますます自然に惹かれていきましたし、山や空、川、樹木……自然からインスピレーションを受けることが多い私には、場所を替えることは必要なんだとわかりました。
- ――暮らし方も変わりましたか。
- 最低限必要なモノは何だろう、つきつめて考えていくと、どんどんミニマルな暮らしになっていきました。快適ですよ。持ちものをすべて把握しているという気持ちよさに、私、気づいてしまったんです。
- ――その後、福井にも拠点を置きました。
- 50歳頃だったでしょうか、「絵以外の表現に挑戦したい」と思うようになって。たまたま友人が福井に窯をもっていて、陶芸を始めることになったのです。福井は「越前焼」です。越前焼って、古来からある「中世六古窯」のひとつで、とてもおおらかな作風。その中で、私のポップでクールな色合いを使うとどうなるか、わくわくしたスタートでした。
- ――福井、軽井沢、東京。3ヵ所で住み分けがあるのですか。
- 福井では陶画や立体作品を制作。軽井沢では主に絵を描き、東京では美術展や個展を回ったり、情報収集をしたり、友人に会ったり、もちろん絵も描いたり。1週間東京にいたら、次の1週間は軽井沢。また東京に戻って、福井へ1週間、みたいな動き方でしょうか。夫(ジャーナリストの佐々木俊尚さん)と私の仕事の都合にもよるので、かっちり決めてはいないのですが。
- ――ちゃんと、どの土地でも「生活」しています。
- はい。私たち夫婦にとって、その土地に住む人との交流はとても大事で、コミュニティのつながりも年々強くなっています。東京で仕事しているだけでは出会えなかった人が大勢いて、この新たな出会いで私自身の考え方が広がって、違う面が引き出されたり、インスピレーションを受けて、新しい表現方法も見えたりすることもあるんです。
- ――福井での「千年陶画プロジェクト」について教えてください。
- 「千年陶画」という名称は、「エターナル・ハピネス。色褪せない幸せをもたらす存在でありたい」という願いをこめてつけました。「陶画」は、陶器の板の上に絵を描いて、焼き上げる手法。偶然生まれる色が魅力的で夢中になりましたが、今は、しばし休憩中。なぜなら、立体の焼き物が面白くて。立体は手で「形」を作れる。見る人も手で触れることができる。土と水と火と、絵の具も土由来で、すべて自然のもので作り上げていくところがとても魅力があります。
- ――この作品、一対の動物。狛犬? 狛猫?
- 狛犬も狛猫も作ります(笑)。動物のモチーフが多いのですが、方角を司る神――北の玄武、東の青龍、南の朱雀、西の白虎なども。粘土で形を作って素焼きをして、それから釉で色をつけて本焼きをする。ある程度、通える予定が立たないとなかなかできず、コロナで中断していましたが、そろそろ活動再開します。
- ――3年ぶりに個展をなさいますね。立体作品も出展されますか。
- はい、絵も、立体も。9月18日(土)から26日(日)まで、東京・代官山で開催します。テーマは「森羅万象」。日本に古来からある「森羅万象に神宿る」という考えにはすごく共感しています。人も自然も宇宙も、すべてつながっている。過去も現在も未来も。だからこそ、今がいとおしいし、その時間を切り取って作品にしたいと思っています。
- ――水玉のモチーフは、最近の作品に登場しますね。
- 水玉、今、すごく好きですね。伊勢神宮に参拝したときに、125社のうちいちばん海に近い二見興玉神社からスタートしたのですが、昔はここで汐水で心身を清めてから大宮に参拝していたそうなのです。この神社を訪れたとき、海から生まれる生命力、きらきらしたものを感じて、それが丸の形になってきたんです。水玉――ふだんは目には見えないものだけれど、そこにあって、あたたかさとか幸せが包まれているというイメージ。ですから、よく描いています。
- ――どの作品からも、松尾さんの強いメッセージを感じます。
- コロナ禍ではっきりしてきました。私が伝えたいのは「HAPPY」なのだ、と。自分と向き合うために絵を描いているのではなく、私は「人と向き合うために」絵を描いているんです。目には見えないけれど、私たちはつながっていることを伝えたいし、HAPPYを手渡したい。そのためには、新しい世界を感じて、新しい何かを吸収して、自分自身も変化させて、作品に反映させていきたいと思っています。
- ――新しい色も使った「新生・松尾たいこ」ですね。
- ベビーピンクやパウダーブルー、パステルグリーンのように、「やさしい色に癒されます」と言われることが多かったし、パステル=松尾たいこ、と自分でも思い込んでいたところがあったと思う。でも、濃い色を使ったら、ちゃんと見てくれて、評価されることもわかりました。結局、自分で自分にリミッターをつけていたんですね。
- ――SNSを通して、ファンの方との交流も盛んですね。
- 私の絵を買ってくださる方って、「初めて絵を買いました」という方が多いんです。だからこそ、気持ちを込めてお渡ししたい。どうしてこの絵を描いたのか。どうしてこの陶器を作ったのか。知ってもらいたい。見てくれた人にもっと笑顔になってほしくて、渡すときにパッケージも含めて、セルフブランディングも大事なのかな、と最近思っています。
- ――セルフブランディングとは?
- たとえば、若い頃は「この服、着たい!」と思えば、誰が何と言おうと着ていましたが、今はどんなにミニスカートが好きでも、履きません(笑)。体型も変われば、肌のハリがなくなって、髪もパサついてきています。だらしない印象に見えないよう、自分をどう演出するか、トータルでセルフブランディングなのだと思っています。足りない分は、ファッションの素材感やシルエット、メイクに大いに助けてもらっています(笑)。
- ――いちばん大事にしていることは?
- 清潔感ですね。基本は、しっかりメイクや汚れを落とす、そしてお手入れ。これが基本。使い心地がいいからつい手が出る、そんなクレンジングが大好きです。デルメッド バーム クレンジングは、抵抗なくするする落としてくれて、使うたびに「おお~っ」と感動しています(笑)。
- ●次回は8月19日配信で、超人気料理ユニット「ぐっち夫婦」のSHINOさんが登場します。お楽しみに!
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松尾たいこさん(まつお・たいこ)
イラストレーター、アーティスト
10年間の会社員生活を経て、32歳で上京。セツ・モードセミナーにて本格的にイラストを学び、35歳でイラストレーターとして独立。第16回ザ・チョイス年度賞、鈴木成一賞受賞。広告、CDジャケット、書籍の装画、雑誌など、幅広い分野で活躍。2014年より「千年陶画」プロジェクトで陶器の制作を始める。現在、東京・軽井沢・福井の3カ所を拠点に活動中。著書に『古事記ゆる神様100図鑑』、作家の江國香織さんとの共著『ふりむく』、角田光代さんとの共著『Presents』『クローゼットがはちきれそうなのに着る服がない! そんな私が、1年間洋服を買わないチャレンジをしてわかったこと』など多数。最新刊は、34枚のイラストがおさめられた『数秘オラクルカード』(著:はづき虹映/絵:松尾たいこ)。2021年9月18日(土)~26日(日)まで東京・渋谷区代官山にて、「森羅万象」をテーマに3年ぶりに個展を開催する。
HP https://taikomatsuo.com/
Instagram @taikomatsuo
撮影・黒川ひろみ ヘア&メイク・成澤雪江(ツイギー) 構成と文・越川典子