会いたかった人
【ずっと会いたかった人】大人気「オオカミちゃん」の生みの親、黒田有里さん(2)
真っ白で存在感のある「白いオオカミ」を連れて、ロンドンやダブリンを旅したアーティストの黒田有里さん。美術館で、駅で、レストランで、教会で、人々が見せた反応とはどんなものだったのでしょう?
- 海外では、たくさんの人がオオカミちゃんに話かけてきたようですね?
- そうなんです! イギリスのロンドン、アイルランドのダブリンなどに、ピーナッツ(写真の、アランニットでくるまれたオオカミちゃんの愛称)を連れて行きました。驚いたのは、人々の反応です。若い人、お年寄り、子ども、女性も男性も、驚くほどフレンドリーで、びっくりするくらいの笑顔で話しかけてくる。見るなり駆け寄ってきて奪い合う双子の男の子がいたり、立ち止まって胸に手を当て感慨深げに見つめるおじいちゃんがいたり……。「What is this?」「Wolf.」「Oh! Wolf! It is so beautiful! What is his name?」「Ookami-chan.」と、カタコトの英語で(笑)。ヨーロッパのクラシックな建築物、風景の中にオオカミちゃんを立つ景色を見たかっただけなのですが、結果は想像以上! その体験は、まさにインスタレーションそのもの。言葉は必要ないと感じました。うれしかったですね。
- 旅の写真を見ていると、 オオカミちゃんが“主役“ですね。
- はい、もちろんその通りです(笑)。オオカミちゃんは1人でも存分にコミュニケーションがとれていましたし、誰とでも対等に対峙していました。本当にすごいです。レストランではオオカミちゃんを介して、見知らぬ人々がテーブルをこえて語り合い、美術館ではいろいろな国の人に囲まれて写真撮影に応じている。大聖堂の前では、次々に現れる同じくらいの身長の子どもたちと触れ合い、飛行機の中では笑顔のCAさんにジュースのサービスを受けている。オオカミちゃんの初めての一人旅の、私はただの付き添い人でした(笑)。
- なぜ人は、そんなにオオカミちゃんに惹かれるのでしょう?
- 私は単純に「かわいい」と思っています(笑)。さらに、同じように見えて、よく見るとそれぞれ違う――そういうものがたくさん並んでいる、というところに私自身は、この上ない魅力を感じているんです。そのためか、個展会場では、皆さん、選ぶのがものすごく大変そうで……。中には、3時間かけて選んで、連れ帰ってくださる方もいらっしゃいます。服もそれぞれ違っています。鍋が入ったリュックを背負っている給食係の子。ふわふわマントの救護班の子。ネクタイで正装した子。プリーツの吊りスカートの子。パジャマを着た眠そうな子。顔を隠した恥ずかしがりの子。お面をかぶった雨乞い担当の子。顔が傷だらけのいたずら好きな子。人間の社会と同じで、大勢の団体の中にはいろいろな子がいて当たり前。そのことを意識して作っていますが、皆さんが苦労して選んでくださることで、あらためて私もそのことに気づかされます。
- 手放すのがつらくなりませんか?
- そうですね。だから個展の期間中が私にとって、皆と初めて一緒に過ごす「別れの時間」。オオカミちゃんたちとの最後をじっくり楽しむようにしています。でも、再会もあるんです。次の個展会場にオオカミちゃんを連れてきてくれる人もいて……。見ると、私の手を離れる前の空っぽな時と違って、ちゃんと愛されている顔になっている。それが、とてもうれしいんです。お別れや再会の瞬間も、私は、いつだって清々しく、明るい笑顔でいたい。だから、肌もくすまないように毎日お手入れします。肌がきれいだと、気持ちも健康的でいられると信じているからなんです。
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黒田有里(くろだ・ゆり)
アーティスト
1971年北海道生まれ。20代からぬいぐるみ作家としてスタート、2008年「黒ねこ事務所」を設立。ぬいぐるみやドローイングなどの作品を発表する。2017年から本格的に「白いオオカミ」の制作に入り、毎年100体ほどインスタレーションとして発表を続ける。個展会場では毎回、「白いオオカミ」の圧倒的な存在感が注目を集め、入手困難なほど人気に。2020年9月、九州・福岡の「krank marchello」にて大きな個展を予定している。
Instagram @necoquero
撮影・黒川ひろみ ヘア&メイク・レイナ 構成と文・越川典子