これが無くては。
20代の初めの頃から遠視と乱視の眼鏡を作って、映画館のスクリーンや舞台、運転をする時に掛けていました。遠視というのは人より少し遠くが見えているようでした。離れた看板、店の中の壁に掛けられたお品書き、交差点の標識。40代に入ると手元を見る為にリーディンググラスが必要になりました。眼鏡はレンズが大きいものが好みです。そして、なるべく軽くて視界を狭めないものを選びます。本を読む時も、携帯電話を見る時も、お裁縫をする時も、野菜を切る時も、手紙を書く時もこの眼鏡を掛けます。気が付けば見えていた遠くも見にくくなり、「あぁ、やれやれ」と思いますが、この眼鏡を掛けると嬉しいのです。眼鏡だけは「なんでも良いわ」ではなく、気に入ったものを掛けると楽しく過ごせるようです。
母の首元に旅の思い出。
肌寒い朝、母が首元に巻いていたのはカシミアの小さな透かし編みのストールです。上品な深いグレーの糸はふにゃふにゃととても柔らかくて気持ちが良く、懐かしい旅の思い出が甦りました。15年ほど前にパリを訪れた際に、シックなカシミア専門店で買い求めた母へのおみやげです。その店に立っていたのはスラリと背の高いアフリカ系フランス人の男性で、明るいきれいな色のセーターを着ていました。彼と店内の木製の重厚な棚と並んだカシミアのセーターやストール、美しい佇まいの人と良い品がそこに在る。「これがパリなんだな」と改めて思いました。
ブラッシング100と10回。
ヘアエッセンスをパッパッパッと振り掛けて頭皮をマッサージしたあと、香りの良いヘアオイルを手に取って髪に優しく揉み込みます。ブラシはMASON PEARSON(メイソン ピアソン)を長く使っています。そして、ブラッシングは100と10回。髪を美しく保つ為にと言われていますが、わたしは癖っ毛なので、とにかく頭皮が気持ち良くなるまで。右手で50回、左手で50回、もう一度右手に戻って10回。数年続けているヘアケアですが、なんとなく髪が元気になってきているようです。鏡を見て、ふふふとほくそ笑みます。
束の間の平和。
風呂上がりにベランダに出て、あと数日で満ちる月を眺めてぼんやりしていました。コットンのガウンを羽織り、ひとりだけの短い時間を持ちます。あぁ、気持ちが良い。階下の夕食前の子供たちの声が聞こえたり、通りから車の音が聞こえたり、色の変わっていく雲を眺めていると、束の間とても平和だと思います。いつまでもこの美しい時間が変わらずにここに在りますように。なんてことを狭いベランダの手摺りに肘をついて考えている風のわたしです。
優恵
ゆえ
モデル・俳優。ティーン誌『mc Sister』の専属として活動を始め、カバーモデルをつとめる。『non-no』『SO-EN』など多くの女性誌、TVコマーシャル、ファッションショーなどで活躍。20代後半からは映画、ドラマに出演し、活動の場を広げる。近年の出演作品に、美玖空トライアル公演「女は女で、女である」(2021・美玖空 脚本/演出)、『秘密のフレグランス』(2021・富田大智 監督)、『Motherhood』(2019・萬野達郎 監督)、『しあわせだったにゃよ』(2019・利重剛 監督)、『午後の悪魔』(2017・中村真夕 監督)、『アイズ』(2015・福田陽平 監督)、『PASSION』(2008・濱口竜介 監督)、インスタシネマ『女図鑑』(2019・美玖空 脚本)などがある。ドラマとファッションとおいしいものと花をこよなく愛する。フォトエッセイ『昼寝の前に』を連載中。https://6ropeway6.com/
撮影・青木和義
文と写真・優恵